今回から、パイロットのヒューマン・エラーとして3つ
に分類されている各カテゴリーの中で、最初に取
り上げられているものを2回に分けてご紹介します。
●人間の動物的本能と能力限界から発生するもの
(1:トラブルを抱えて離陸上昇できない)
【実際の事例】
福岡空港ガルーダ航空機離陸事故
トランスワールド航空843便大破事故
飛行機が離陸する際、当然ながら重力に打ち勝っ
て機体を浮揚させるため、滑走路をどんどん加速し
ながら走行します。
この時に何らかのトラブルが発生した場合に離陸
を継続するか、それとも中止するか(RTO:Reject
Take Off)の決断を行う際、重要な指標となる速
度があって、"V1(ブイワン)"と呼ばれています。
しかし、この用語を訳した日本語に問題があるた
め、解釈に誤解が生じているのだそうです。
具体的には、「離陸決心速度」と訳されてしまって
いるため、離陸継続(GO)か中止(RTO)の決断を
「瞬時に」行う速度といった誤解が蔓延していると
の事。
じゃあ、正しいV1の定義って何?ということになり
ますが、かいつまんでしまうと「パイロットが最初
に減速動作を開始する速度」。
つまり決断ではなく、減速を「開始」していなければ
ならない時点なのですが、実際にはV1を超えてか
らRTOに入ってしまうために滑走路をオーバーラン
し、事故に至るというのです。
では、V1の時点で減速していなければならないに
もかかわらず事故に至るのは何故かという疑問に
ついてはこう解説しています。
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結論からいうと、人間はもともと地に足を置く動物で
あり、トラブルを抱えながら重力に反してまで空に向
かうことは本能に反する行為であり、仮に離陸滑走
中にトラブルが発生したら、地上でトラブルを解消し
ようとするのである。
第一部 パイロットのヒューマン・エラー
(P.31)より
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確かに、地面から浮き上がろう、または浮き上がっ
た状態で何らかのトラブルが起きたとしたら、その
まま離陸するのは「落ちたら終わり」といった相当
な恐怖を伴うと思います。
しかし興味深いことに、ボーイング社の実験では、
離陸中のエンジン故障で機長が離陸を継続した
場合に墜落や事故に至ったケースが皆無であり、
かつ西側諸国で製造されたジェット輸送機で199
0年までの30年間でRTOによって発生した74件の
事故やインシデント(異常運航)の中で、離陸を継
続して事故になった例も同じく皆無。
ところが、航空会社ではエンジン故障を想定した訓
練以外は行っておらず、なぜならパイロットがライセ
ンスを取得したり定期訓練を行う際に航空局が求め
る資格要件はエンジン故障のみだから。
このためか、ボーイング社が自社の機長24人と航空
会社の機長24人(合計:48人)を対象に1991年4月
に行った、B737型機のシミュレータによる実験結果
では、3分の1がタイヤ破裂による振動だけでRTOを
行い、滑走路上で停止できたのはわずか3名。しか
もオーバーランまでギリギリの状態で停止となって
います。
しかも、航空会社のマニュアルでは「いったん離陸
滑走を開始した後、マスターウォーニングライトの点
灯という単一の原因からRTOすることは勧められな
い」と定めているにもかかわらず、RTOしたケースも
あったとのこと。
マスターウォーニングライトとは、コクピットの見易
い所に配置されたもので、多くの警告灯のうち一
つでも作動した場合に点灯し、パイロットはこれに
よってどの警告灯が作動したかを確認⇒適宜対応
を行うという、いわば警告の見落としを防ぐために
設けられたものです(ちなみに、クルマにもマスタ
ーウォーニングはあります)。
先ほどの"離陸を継続した場合に墜落や事故に至
ったケースが皆無"という事例を照らし合わせると、
用語の誤解が蔓延した上に、既存の訓練体系を
こなすだけでは、トラブル発生時にリスキーな行動
を本能的に取ってしまい易い事が良く分かります。
そこで著者は、離陸中の事故を防ぐ具体策として
次の3つを提言しています。
①人間の本能に打ち勝って離陸継続の強い意志を
持てるよう、「ゴー・マインド(GO MIND)」のポリ
シーを確立する。
②ヒューマン・エラーの原因である「瞬時の決断」
をやめる。
V1の正しい理解を再教育し、確実にV1の時点
でRTOが始まるように余裕を持って決断を行う
手順を再確認する。
③シミュレーター訓練の改善
V1のかなり手前でもGO(離陸)する訓練を新た
に導入し、RTOよりもGOする訓練の比率を増
やす。
離陸中のトラブルもエンジン故障だけでなく、
失速警報の作動やタイヤのパンク、各種警報
ランプの点灯を含めて実際の運航に近づける
ようプログラムを改善する。
●ハリーアップ・リターン症候群
これは著者による造語で、一刻も早く空港に戻ろ
うとする、トラブルを抱えたまま離陸できない問題
と並んだパイロット固有の「悲しい性」と称されて
いるものです。
どちらも、地上に足をつけておきたい本能に起因
する点で互いに共通するものに思えます。
具体的な事例として、シミュレータによる緊急事態
の定期訓練や審査で、着陸滑走距離に余裕が無
くてもパイロットの技能をチェックするための規定内
に収まっていれば良しとしてしまうために、離陸直
後や上昇中に大きなトラブルに見舞われた際、クル
ーとのディスカッションや地上のアシスト、余裕を持
って着陸できる代替空港の選択などの解決策を採
らず、とにかく早く出発した空港に戻ろうと訓練通り
の行動をとってしまい、あわやオーバーランといった
危険に至った例を挙げています。
提言されている解決策は以下2つです。
①機内火災の場合以外では急いで元の空港に
戻らないで、とりあえず飛び続けながら最善の
方策をゆっくり時間をかけて考えること。
航空会社はこのようなポリシーを確立すること。
②シミュレータと実機の違いを事ある毎に理解
させる教育を行うこと
いずれも用語の誤解や訓練内容と現実の乖離とい
った前提に本能的な反応が結びつく事によって発
生するエラーであり、これらの前提を改善する事に
よって本能を克服しようということになります。
もしかすると、今では著者の提言が航空界に受け
入れられて訓練内容も変わっているかもしれませ
んし、そう願いたいですね。
■関連リンク
離陸決心速度 - Wikipedia
27.離陸速度
空の旅
機長が唱える呪文
サンデー毎日の記
2011-11-02
トラブルを抱えて離陸上昇できない事例
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