前回に続き、中華航空の事故がどのような経緯で発生
したか、FAAのアニメーションや運輸安全委員会による
調査報告書報告書(以後一部を除き"報告書"と記載)
を基に追ってみたいと思います。
(カッコ内の時刻は、協定世界時)
01:
機体は手動操縦で正常にILS進入(地上の着陸
援助装置から出ている電波を利用した滑走路へ
の進入)を続けていた。
02:
機体が気圧高度約1,070ft(326.1m)を通過中、
副操縦士が誤ってゴー・レバーを作動させた。
(報告書 96-5-B1816-01 P.5に記載されている
飛行経過によると当該時刻は11:14:05)。
このため、オートスロットルがゴーアラウンドモ
ードとなって推力が増加した。
03:
ゴー・レバー誤操作から5秒後(11:14:10)。
機長がゴー・レバーの操作に気づいて「君、君は
そのGO LEVERを引っかけたぞ」と副操縦士に
誤操作を指摘し、その2秒後にゴー・レバーの解
除を命じた。
●11:15:17 には、GPWS(地上接近警報装置)の
モード5警報音「GLIDE SLOPE」が1回作動
04:
ゴー・レバー誤操作から13秒後(11:14:18)。
気圧高度1,040ft(317m)の位置でオートパイロ
ットがNo.2そしてNo.1とほぼ同時にエンゲージ
(使用)され、その後約30秒間使用された。
この時、機長または副操縦士によるオートパイ
ロットを使用する旨の意思表示、あるいは呼称
が行われた明確な記録はCVR(Cockpit Voice
Recorder)にない。
また、オートパイロットの使用開始から約18秒の
間に、THSの角度は-5.3°から機首上げ方向限
界に近い-12.3°まで徐々に大きくなり、その後
53秒間、引き続き-12.3°のままとなっていた。
05:
オートパイロットはTHSを機首上げ方向に作動
させるが、副操縦士は操縦桿を押すことによっ
機首下げ動作を行った。
※THS(Trimmable Horizontal Stabilizer) に
ついては、前回の記事で触れています。
こうしてオートパイロットと副操縦士の動きが競
合し、"アウト・オブ・トリム"と呼ばれる操舵系が
不釣り合いな状態を進展させた。
この間、副操縦士はさらに推力を下げ続けると
共に操縦桿を押すことでオートパイロットによる
THSの機首上げ動作を上回ることができたが、
同時にアウト・オブ・トリム状態がマスキング
された。
06:
ゴー・レバー誤操作から15秒後(11:14:20)。
副操縦士は操縦桿に加える力を低減する電
動ピッチトリムコントロールスイッチの使用を
試みたが、THSのピッチトリムコントロールは
オートパイロット操作中に抑制されるので、ス
イッチによる効果を得ることができなかった。
●11:15:25 には、失速警報音が約2秒間作動
07:
ゴー・レバー誤操作から29秒後(11:14:34)。
再度ピッチトリムコントロールスイッチの使用を
試みたと思われる音がCVR(Cockpit Voice Re
corder)に記録されているが、ゴー・レバー誤
作動から15秒後(11:14:20)に行った時と同じ
理由で効果が得られなかった。
08:
ゴー・レバー誤操作から44秒後(11:14:49)。
(オートパイロットのエンゲージから31秒後)、
機体が高度700ft(213.4m)を過ぎた辺りで、
副操縦士によってオートパイロットがディス
エンゲージ(解放)された。
09:
ゴー・レバー誤操作から46秒後(11:14:51)。
副操縦士は「教官、やっぱり押し下げられま
せん、ええ」と、機長へ操縦桿を押して機首
下げに転じることができない旨を報告した。
10:
ゴー・レバー誤操作から52秒後(11:14:57)。
THSにオートパイロットよる機首上げ角度が残
ったままになっていたことから迎え角が増加。
このため、機体の失速を自動的に防止する
アルファフロア機能が作動することによって
推力が増加し、更に機首上げ状態となった。
※迎え角(Angle of Attack)とは、翼の前後
を真っ直ぐに結ぶ仮想的な線(Chord Line)
と翼に当たる風(Relative Wind)の間にで
きる角度のことで、揚力を司る重要なもの
です。迎え角が大きすぎて限界を超えると
翼の上面から空気が剥離し、機体は失速
してしまいます。
ちなみに、失速を防止するアルファフロアとは具体的
にどのようなものなのだろう?と調べてみましたが、
日本の裁判所が公開している判例にある次の内容
が最も分かりやすいと思います。
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本件事故機には、アルファフロア(ALPHA FLOOR)と
呼ばれる安全装置が備え付けられている。これは、
低い対気速度が感知された場合に、オートスロット
ルが最大出力を命令し、失速を防止する機能である。
(P.6 "e 安全装置"より引用)
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11:
ゴー・レバー誤操作から57秒後(11:15:02)。
副操縦士が、機長に「教官、THROTTLEが
またLATCHされました。」と報告した。
12:
ゴー・レバー誤操作から58秒後(11:15:03)。
機長が「OK、私がやる、私がやる、私がやる」
と副操縦士へ操縦を交代する旨を告げた。
操縦輪を一杯に押し、かつスラスト・レバーを
引いたにもかかわらずなおも機首上げの傾
向が続いた。

13:
ゴー・レバー誤操作から59秒後(11:15:04)。
機体は気圧高度500ft(152.4m)で降下から
上昇に転じた。
14:
ゴー・レバー誤操作から1分3秒後(11:15:08)。
137kt(約253.7 km/h)であった機体の速度が
減少し始める。
この時点のCVR(Cockpit Voice Recorder)
記録には操縦輪を一杯に押し、かつスラスト
を絞ったにも関わらず、なお機首上げの傾向
が止まらないことに対する疑問の言葉と考え
られる「一体どうなってるんだ、これは?」とい
う機長の音声が記録されている。
15:
ゴー・レバー誤操作から1分6秒後(11:15:11)。
機長は一旦絞ったスラストをフル・スラストまで
増加させ、「GO LEVER」と呼称した直後、機体は
急上昇を始めた。
CVR(Cockpit Voice Recorder)には機長が操縦
輪を一杯に押してスラスト・レバーを引いてもなお
機体が操作に反応せず、ピッチ角が増加を続け
る動きに対して言った疑問の言葉と考えられる
「ちくしょう、どうしてこうなるんだ?」という音声が
記録されている。
16:
ゴー・レバー誤操作から1分9秒後(11:15:14)。
副操縦士が名古屋タワーにゴーアラウンドを通
報し、名古屋タワーはこれを了解。
(FAAのアニメーションでは Captain calls Go
Around. と吹き出しが付いていますが、報告書
96-5-B1816-01 P.6では副操縦士による通報が
行われたとしており、同 96-5-B1816-05 P.243
にあるCVR記録でも、副操縦士のNAGOYA TO
WER, DYNASTY GOING AROUND. という交信が
記載されています)

ゴーアラウンドよる推力の増加は、より急激な
上昇姿勢を招き、迎え角が増加し続けた。
この間、機長は極端なミストリミング(または
機首上げ)状態に気づかずにピッチトリムを操
作しており、THSへの機首上げ命令はわずか
に減少した。
17:
機体は急上昇し、迎え角も急速に増加。
対気速度(air speed)も失速に向け34kt
(62.968km/h)に減少し最大上昇角度53°、
最大高度1730ft(527.3m)に達した。
CVR(Cockpit Voice Recorder)には、
11:15:21 時点で機長の「エッ、これじゃ
失速するぞ」という声が記録されている。

18:
ゴー・レバー誤操作から1分21秒後(11:15:26)。
機体のピッチ角は最大の52.6°に達した。
19:
ゴー・レバー誤操作から1分26秒後(11:15:31)。
機体は気圧高度1,730ft(電波高度約1,790ft)
に達した後、機首下げ姿勢となって急降下を
始めた。

●11:15:37 には、GPWS(地上接近警報装置)の
モード2警報音「TERRAIN TERRAIN」が1回作動
その後 11:15:40 から墜落まで失速警報音が
作動
20:
ゴー・レバー誤操作から1分40秒後(11:15:45)。
機体はそのまま名古屋空港34番滑走路の北東
に墜落した。

こうして見ると、パイロットがA300に搭載していた
自動操縦システムと自身の行った操縦の間で大
混乱を来していたことが伺えますが、これについて
書籍の中では、自動操縦システムがいかにパイロ
ットの動作と相反するものであったかが語られてい
ます。
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急激な機首上げが発生すると、パイロットは
誰でも操縦桿を押さえようとする。航空会社
のパイロットは、小型のプロペラ機から操縦
訓練を始め、ターボプロップや、B737型機な
どの小型旅客機の経験を経て中型、大型機
へと進んでゆく。そしてこの操縦桿を動かす
動作はこの間の長い反復訓練で自然に身に
ついたもので、パイロットのいわば習性になっ
ている。
しかし、エアバス社は急激な機首上げが起こ
っても操縦桿には手を触れず、別のスイッチ
でこれを修正させるコンセプトでA300の自動
操縦システムを設計したのである。これはパ
イロットに大きな意識の変革と訓練を要求す
るものだ。その危険性をマニュアルの片隅に
小さく書いて済むものではない。
私の知っている国内のA300のパイロットは皆、
中華航空の事故後に初めてマニュアルを読み
返して、警告の存在とその意味がわかったと
いった。日本の事故調査委員会がその点を指
摘したのも、的を射たものだった。
第一部 パイロットのヒューマン・エラー
航空機メーカーの設計思想に異議あり
(P.101)より
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次回は、このマニュアルや自動操縦システムに
ついて触れてみたいと思います。
■関連リンク
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