2012-03-20

思い込みによる機器の誤操作と、機器の設計思想によるエラーの助長

ここまでの2回で、「人間の動物的本能と能力限界
から発生する」パイロットのエラーについてご紹介
して来ました。

本項からは、下記を紐解いていきたいと思います。

●パイロットの習性によるもの
(1:思い込みによる機器の誤操作と機器の設計思想)

【実際の事例】
エールアンテール148便墜落事故

書籍で紹介されているこの事故では、ハイテク機の象
徴とも言えそうな"グラスコクピット"と呼ばれる計器の
形態が事故を引き起こした要因の一つとされています。

具体的には、着陸時にFCU(フライトコントロールユニッ
ト)と呼ばれる機器のモード設定を誤った状態にセットし
た上で、パネルに表示されている数値の単位を正しい
表示であると思い込んだ状態でモード確認を行わない
まま、機体を最終進入コースへ乗せることに集中し過
ぎていたというものです。

着陸時は、FCUのモードに加えて機体の速度や高度、
降下率などもチェックが必要でしたが、こうした情報の
確認もしておらず、"一点集中"という飛行機の世界で
は最も忌み嫌われる状態になっていた事が伺えます
(個人的には、着陸の為にエンジンを絞っているにも
かかわらず機体速度が増加したという、予想外の状
態に対する"焦り"が一点集中に至った経緯にあるの
ではないかとも考えています)。

このため、通常であれば毎分800フィート(約240メート
ル)で降下するところを、その4倍以上にもなる3,300フ
ィート(990メートル)で急降下し、最終的に山へ激突す
る事故に至っています。

そして著者は、FCUのモード設定を誤ったまま墜落した
原因として、従来のアナログ式の機器との間における"
見た目や使い方の相違"が「思い込み」を助長していた
可能性について詳しく触れています。


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従来の自動操縦装置なら、モードごとに一つ
一つのスイッチがあり、スイッチの位置でどの
モードが入っているかを確認できた。

これに対して、ハイテク機はスイッチを兼用
するため、まずスイッチでモードを選択し、
小窓にそれぞれのモードに対応した数字を
入力する必要がある。両方を正しく操作して
初めてモードオペレーションが機能する。

小窓を兼用し、そこに表示される数字の字体
や大きさも同じなので、パイロットは数字の
単位も正確に読み取らないと、誤っていた場
合には飛行機がとんでもない動きをすること
もある。つまり、視覚の認知だけでなく、大脳
での情報の確認が必要とされるのである。

あるモードを使ったつもりでも、それが自分の
意図と違っていた場合、これまでならパイロッ
トは何回もパネル(計器盤)を見る習慣がある
から、スイッチの位置でミスを発見できた。

しかし、ハイテク機のグラス・コクピットでは、
モードスイッチの状態と数字の単位まで大
脳で再確認しなければならない。

小窓の小さな数字はもともと読み取りにくく、
夜間ではさらに困難になるので、再確認を
つい省略してしまうことになる。最初の操作
は間違っていないはず、という錯誤が最後
まで続く危険性がここにある。

第一部 パイロットのヒューマン・エラー
(P.67~68)より
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例えば、Wikipediaで「旅客機のコックピット」として
掲載されている記事
では、グラスコクピット化される
前のB-737における写真を見ることができますが、
いかにもメカニズム然とした印象の光景を見ること
ができます。

しかし、同じ記事に掲載されているB-737-800の写
真を見ると、随分とすっきりした印象に見えるので
はないでしょうか。

こちらのリンク先で、A320(後半の型番は不明)の
シミュレータ画像を見ることもできますが、やはり良
く言えばすっきりした印象、悪く取ればのっぺりとし
た感じに見えます。

計器の外観はシンプルになり、定常操作が人手を介
さず自動的になったけれど、人間側での認知や操作
プロセスに要する手数が増えて操作上の錯誤が発
生し易くなったというのは皮肉なものです。

また、「思い込み」は右脳と左脳の共同作業の失敗
によって起こるとされており、この事故では"左脳でF
CUのモードスイッチを所望のモードと数値にセットし、
右脳で機体の降下率を感覚で確認することが必要
な場面で、夜間や雲中を飛行していたという条件で
思っていたより急降下になっていた状況を確認でき
ていなかったことになる"とも解説しています。

疲労やストレスといった心身の調子がベストでない
時は特にこうした錯誤を引き起こしやすいのではと
も思いますが、いつも目に見えて判りやすいもので
はない点が厄介です。

では、この様な錯誤への対抗策はあるのでしょうか?

著者は、右脳のイメージを左脳で確認するための基本
動作として指差し呼称の敢行を挙げています。

そして、このブログでも先に触れたことがあるCRMにつ
いて"左脳で得た情報(リソース)を活用して右脳で正
しいイメージを描く能力を養成するためのもの"といった
位置づけを示した上で、その限界についても"CRMは
操縦しているパイロットに対し、他のパイロットが適切
な情報を与えられるという前提でしか効果はない"とも
言及しています。

個人的には、ここに自身がFAAプライベートパイロット
のライセンスを取得する際に学んだ、"IMSAFEチェック
リスト"を付け加えておきたいですね。

I = Illness
(病気にかかっていたり、自覚症状があるか?)

M = Medication
(薬を服用しているか?)

S = Stress
(過剰なストレスを感じているか?)

A = Alcohol
(アルコール飲料を摂取しているか?)

F = Fatigue
(疲れているか?)

E = Eating
(食事をきちんと摂取しているか?)

最後のEは、以前自分が学んだ際は"Emotion(感情的
な高ぶりがないか?)"だったのですが、"Stress"に統
合されたのだそうです。

心身を日々快適な状態にしておくことはつい疎かになり
がちかもしれませんが、緻密さやミステイクをした際の危
険度が大きくなるほど、コンディショニングという地味な部
分の重要性が指数関数的に増すように思います。


■関連リンク
グラスコックピット - Wikipedia

グラスコックピットの落とし穴
ダイエイ インターナショナル株式会社
2010/04/09


アメリカン航空ボーイングの墜落(PDFファイル)
失敗知識データベース-失敗百選


リスクを見つけて制御する(PDFファイル)
TALKSAFE2006 特別講演
筑波大学大学院 教授
稲垣 敏之


IMSAFE - Wikipedia, the free encyclopedia